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常設展

近代日本を支えた偉人たち 【安宅 彌吉

総合商社安宅産業の創始者
安宅 彌吉 (あたか やきち)
明治6(1873)年~昭和24(1949)年
石川県金沢市上金石町生まれ
年譜
年号 年齢 できごと
1873年(明治6年) 0歳 4月25日、又吉の第7子として上金石町で生まれる。


金石小学校に入学。
1886年(明治19年) 13歳 石川県専門学校に入学。
1888年(明治21年) 15歳 第四高等中学校に入学。
1889年(明治22年) 16歳 東京高等商業学校(現・一橋大学)に入学。
1892年(明治25年) 19歳 石川県出身者の寄宿舎である「久徴館」に在館。この頃、鈴木大拙と知り合う。
1895年(明治28年) 22歳 大阪の貿易商、日下部商店に就職。香港支店の責任者となる。
1904年(明治37年) 31歳 大阪で「安宅商会」を創業。
1906年(明治39年) 33歳 地元・金石の学生のために給費学生制度を設ける。
1918年(大正7年) 45歳 「学校法人 甲南高等学校」の設立に参画。理事に就任する。
1919年(大正8年) 46歳 「安宅商会」を「株式会社 安宅商会」に改組。社長に就任する。
1920年(大正9年) 47歳 「学校法人 甲南高等女学校(現・甲南女子学園)」の設立に参画。理事に就任する。紺綬褒章受章。
1926年(大正15年) 53歳 甲南高等女学校の理事長に就任する。
1935年(昭和10年) 62歳 大阪商工会議所の会頭に就任する。
1936年(昭和11年) 63歳 日本商工会議所の副会頭に就任する。
1939年(昭和14年) 66歳 勅撰により貴族院議員となる。
1940年(昭和15年) 67歳 勲四等瑞宝章を賜る。
1942年(昭和17年) 69歳 安宅商会の社長を退任し、相談役となる。次男・重雄が社長に就任する。
1943年(昭和18年) 70歳 「安宅商会」から「安宅産業」に社名を変更する。
1949年(昭和24年) 76歳 2月5日、京都の自宅で死去。

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